メッセージ初投稿―コミュニティFM開局20周年―◀前の記事
2013年11月30日
実は初めてのラジオ局にメッセージを投稿した。
いろいろ思いつくことを書き連ねた内容たっだ。
初めて番組を聞いたのは1994年の夏ころだったと記憶している。
車を運転するようになってからはラジオの周波数を84.3MHzにチューニングしメモリ登録していた。
その当時は番組と番組の間に「全国で3番目に開局したコミュニティFM放送局」と必ず放送され,「なかなかやるなあ」という印象を受けた。
これもまたずいぶん前のことだが,たしか23時で放送終了していたころに放送エンディングの中でコールサインを読み上げていた(現在とZの発音が違っていたと記憶)。
それが流れてくると「今日中に帰宅は無理だよ」という合図に聞こえていた。
20世紀末ころには,営業担当で入社した大学の先輩もいて(のち退社),広小路界隈で何か配ったりしているのを目撃したこともあった。
ローカルものは応援したい気持ちが強いため地元コミュニティFM放送局には親近感がわく。
メジャーになりすぎないように注意してこれからも放送が続けていってほしい。
いろいろ思いつくことを書き連ねた内容たっだ。
初めて番組を聞いたのは1994年の夏ころだったと記憶している。
車を運転するようになってからはラジオの周波数を84.3MHzにチューニングしメモリ登録していた。
その当時は番組と番組の間に「全国で3番目に開局したコミュニティFM放送局」と必ず放送され,「なかなかやるなあ」という印象を受けた。
これもまたずいぶん前のことだが,たしか23時で放送終了していたころに放送エンディングの中でコールサインを読み上げていた(現在とZの発音が違っていたと記憶)。
それが流れてくると「今日中に帰宅は無理だよ」という合図に聞こえていた。
20世紀末ころには,営業担当で入社した大学の先輩もいて(のち退社),広小路界隈で何か配ったりしているのを目撃したこともあった。
ローカルものは応援したい気持ちが強いため地元コミュニティFM放送局には親近感がわく。
メジャーになりすぎないように注意してこれからも放送が続けていってほしい。